チップと税金:知らないと損するアメリカの税務ルール
1.はじめに
アメリカではレストランやホテル、美容院などのサービス業において、チップ(Tip)を受け取ることが一般的な慣習となっています。
従業員にとっては収入の大きな割合を占める一方、雇用主にとっても給与処理や税務管理のうえで無視できない要素です。
一見すると「お客様からの気持ち」として受け取られるチップですが、税務上はれっきとした課税対象となる所得に該当します。
現金でもらった少額のチップであっても、IRS(米国内国歳入庁)では正確な報告と適切な税務処理を求めており、違反が発覚した場合には追徴課税やペナルティの対象となる可能性があります。
また、事業者側にもチップの集計・報告義務が課されている場合があり、「現場任せ」で済まされない領域となっています。
特に近年では、キャッシュレス決済の普及によりチップの記録が明確になってきたことから、IRSによる監視も強化されつつあります。
本コラムでは、チップの種類や定義から始まり、従業員・雇用主それぞれの立場における税務上の取扱い、そして実務上のリスクや対策まで、わかりやすく解説いたします。
日米間で文化的なギャップもあるこのテーマについて、適切な理解と対応を促す一助となれば幸いです。
2.チップとは何か?

「チップ」と一口に言っても、その性質や税務上の扱いは一様ではありません。
税務上の正確な理解のためには、まずチップの種類や定義を整理することが重要です。
2-1.チップの基本的な定義
チップ(Tip)とは、顧客がサービスの対価として任意で支払う追加料金を指します。
アメリカでは飲食業、美容業、ホテル業などを中心に、接客サービスに対する「感謝の気持ち」として広く定着しています。
税務上は、チップは従業員個人に帰属する課税対象の所得とみなされ、現金でもクレジットカードでも、すべて報告義務のある「所得」に該当します。
2-2.Tip, Gratuity, Service Charge の違い
IRSでは、以下のような分類が行われています。
- Tip(チップ)
顧客が自発的に支払う追加料金であり、金額も支払有無も顧客の自由に委ねられています。
→所得税・社会保険税(FICA)の対象。従業員による報告義務あり。 - Gratuity(自動チップ/自動サービス料)
一部のレストランやイベントサービスで見られる、自動的に課されるサービス料。たとえば「6名以上の団体には18%のグラチュイティを加算」など。
→顧客の任意ではないため、通常の売上として雇用主の収益とみなされ、給与として処理されます。 - Service Charge(サービス料)
実質的にチップと似た形式でも、明確に請求書に記載されており、事業者が請求する追加料金(例:バンケットフィー、配達手数料など)。
→従業員ではなく、事業者の売上として計上。事業者が従業員に支払う場合は通常の給与扱い。
2-3.現場での混同に注意
現場では「すべてまとめてチップ」と呼ばれがちですが、誰が受け取り、誰が管理し、誰が課税対象となるのかによって、税務処理がまったく異なります。
従業員・事業者いずれにとっても、どのタイプのチップ/サービス料に該当するかを区別し、正確に対応することが重要です。
3.チップの課税ルール(従業員側)

チップは「お客様からの心づけ」のように思われがちですが、税務上は明確に課税対象となる所得です。
受け取ったすべてのチップは、原則として従業員本人が報告義務を負い、雇用主もそれに基づいて給与税等の処理を行う必要があります。
3-1.チップは課税所得
IRS(米国内国歳入庁)は、チップを賃金の一種として扱っており、所得税・社会保障税(Social Security Tax)・メディケア税(Medicare Tax)の対象となります。
報告されるべきチップには、以下が含まれます。
- 現金チップ(顧客から直接受け取る現金)
- クレジットカード経由で支払われたチップ(雇用主を通じて支払われる)
- チップの分配(Tip PoolやTip Shareで他の従業員から受け取る分)
- ギフトカードなど金銭同等物(特定の条件下で課税対象)
3-2.月額$20以上のチップ報告義務
従業員が1ヶ月に受け取るチップの合計が$20を超える場合、雇用主に対してその金額を毎月報告する義務があります。
報告は、Form 4070(従業員のチップ報告用紙)を用いて行うのが一般的で、報告の締日は通常、翌月の10日までです。
この報告をもとに、雇用主はW-2にチップを反映し、源泉徴収を行います。
報告されなかったチップについては、従業員自身が確定申告時にSchedule CまたはForm 4137で申告する必要があります。
3-3.確定申告における取り扱い
年末には、雇用主が発行するForm W-2にチップ収入が含まれます。
仮に一部のチップを雇用主に報告していなかった場合でも、申告義務が消えるわけではありません。
報告されていないチップに関しては、従業員自身がForm 4137を使って追加でFICA税を支払い、正しい所得として申告することが求められます。
3-4.チップ報告を怠った場合のリスク
チップ収入を正しく報告しないと、以下のようなリスクが生じます。
- IRSからの監査や罰金(ペナルティや利息の追加)
- 社会保障記録に反映されず、将来の給付に影響
- 住宅ローン申請等で収入証明が困難になる可能性も
「現金でもらったからバレない」と安易に考えるのは非常に危険です。
IRSは業種別のチップ率統計やPOSデータを活用して監視しており、近年はデジタル化により不申告リスクも高まっています。
4.チップの課税ルール(雇用主側)

チップは従業員が受け取る所得ではありますが、雇用主にも税務上の重要な義務が課されます。
従業員からのチップ報告を正確に受け取り、適切に処理しなければ、事業者側もIRSからペナルティの対象となる可能性があります。
4-1.チップに関する雇用主の責任
主な責任は以下の通りです。
- 従業員からのチップ報告を記録・保存
- 報告されたチップを含めて給与税(FICA)を計算し、源泉徴収
- 年末にForm W-2へ正確に反映
- 特定条件下でForm 8027(飲食業向けの年間チップ報告書)の提出
また、雇用主は従業員のチップを正確に把握し、給与として処理する義務があります。
報告があったチップに対する社会保障税・メディケア税の雇用者負担分も発生します。
4-2.Tip Credit(チップ・クレジット)制度
連邦最低賃金(2025年現在:$7.25/時)を満たす前提で、雇用主はチップ収入を最低賃金の一部としてカウントできる制度が「Tip Credit」です。
具体的には、最低賃金のうち最大$5.12分をチップで充当可能です。
ただし、これが認められるには以下の条件を満たす必要があります。
- 従業員が実際にその差額以上のチップを受け取っていること
- 雇用主がTip Creditの適用について事前に通知していること
- 従業員が全チップを報告していること
州によってはTip Creditを認めていない、または上限が異なる場合があるため、州法の確認も必要です。
4-3.Form 8027の提出義務
飲食業において、以下の条件を満たす事業者はForm 8027(Employer’s Annual Information Return of Tip Income and Allocated Tips)の提出が義務づけられています。
- 食事の提供が主な業務
- チップを受け取る従業員が常駐
- 常時10名以上の従業員を抱えている
このフォームでは、年間の売上、クレジットカード決済によるチップ総額、従業員ごとの報告チップ額などを報告します。
不自然な乖離がある場合、IRSから監査を受ける可能性が高くなります。
4-4.自動サービスチャージの扱いに注意
レストラン等でよく見られる「自動的に加算されるサービス料(例:6名以上のグループには18%を自動加算)」は、もはやチップとは扱われません。
これらは従業員へのチップではなく、事業者の売上として計上し、支払う場合は通常の給与として処理する必要があります。
誤ってチップとして処理した場合、源泉徴収の未実施や給与記録の誤りなどにつながるため、注意が必要です。
5.チップと税務リスク:よくある誤解とその影響

チップに関する税務処理は、表面的には単純に見える一方で、従業員・事業者ともに誤解や見落としが生じやすい領域です。
これらの誤認識が原因で、税務リスクや金銭的損失が発生するケースも少なくありません。
ここでは、実務で特に見られる誤解と、その影響を紹介します。
5-1.「現金チップは報告しなくていい」
多くの従業員が誤解しているのが、現金でもらったチップは申告しなくてもバレないという考えです。
しかし、IRSは業種別・売上別のチップ水準を統計的に把握しており、不自然な低申告は監査対象になります。
- Form 4137により従業員自身が追加でFICA税を納付
- 利息・ペナルティが課される
- 雇用主側にも源泉徴収不足などの責任が及ぶ可能性あり
5-2.「サービスチャージもチップとして処理してよい」
自動的に課される18%などのサービス料(automatic gratuity)を、従業員が受け取るチップとして処理してしまうケースもありますが、これは税務上誤りです。
これらは雇用主の売上とみなされ、従業員に支払う場合は通常の給与として課税処理が必要です。
- 雇用主による給与税計算の誤り
- 従業員のW-2への正確な反映が困難に
- 過少申告に伴うIRSからの指摘・修正指導
5-3.「報告しなければ社会保障には影響しない」
チップを申告しないと、単に税務リスクだけでなく、将来の社会保障(Social Security)給付額にも悪影響を及ぼします。
IRSは社会保障税の納付状況に基づいて年金受給額を計算するため、正確な報告が老後の生活にも関わるのです。
5-4.「報告しても自分に損しかない」
チップを正しく報告すると、その分税金が増えると考える従業員も少なくありません。
しかし、適切に報告することで以下のようなメリットを得ることができます。
- クレジットスコアや住宅ローン審査での収入証明になる
- 労災や失業保険などの給付ベースに反映される
- IRSとのトラブルを避けられる
など、長期的にはメリットが大きいことも理解しておく必要があります。
6.対策とベストプラクティス

チップに関する税務リスクを回避し、従業員にも事業者にも安心な環境を整えるには、日々の運用において適切な仕組みとルールを整備することが重要です。
ここでは、実務で実践できる具体的な対策と、制度活用のベストプラクティスをご紹介します。
6-1.チップの記録・報告ルールの明確化
まず最も基本となるのが、従業員によるチップの正確な報告体制を整えることです。
- 毎月の締日と提出日を明確に設定(例:翌月10日までに報告)
- 手書きやExcelではなく、POSシステムなどデジタル記録の活用
- Form 4070のテンプレートや記録シートを提供
- 報告内容を雇用主が定期的にチェックするプロセスの構築
また、雇用主がTip Pool(チップの分配制度)を導入している場合は、誰がいくら分配を受けたかも記録に残す必要があります。
6-2.従業員への教育と啓発
チップの報告は従業員の責任ですが、適切に理解していないケースも多いため、入社時や定期的な教育が有効です。
- チップと課税の関係について簡潔に説明する資料を配布
- 社会保障・失業保険・信用履歴などへの影響を説明
- 現金チップも記録対象であることを明示
- ペナルティリスクとともに、正直に報告するメリットを共有
6-3.雇用主の責任とチェック体制
報告されたチップに基づいて、正確なFICA税の計算・源泉徴収・W-2への反映を行うことが雇用主の責務です。
- 会計ソフトや給与計算ソフトにチップ額を連携させる
- チップと給与が合算で最低賃金に達しているかを毎月チェック
- Form 8027の作成準備を日々のデータ収集から始めておく
- 州別の最低賃金・Tip Creditの可否を常に確認
6-4.IRSとのチップ合意制度の活用(必要に応じて)
飲食業等において、チップ管理を一定のルールに基づいて行っている場合、IRSと合意を結ぶことで監査リスクを軽減できる制度があります。
代表的なものには以下があります。
- TRAC(Tip Reporting Alternative Commitment)
- GITCA(Gaming Industry Tip Compliance Agreement)
- EmTRAC(Employer-designed Tip Reporting Alternative Commitment)
これらは主に大規模事業者向けですが、安定的なチップ報告体制があることをIRSに対して示せるため、長期的な安心感と監査対応の効率化につながります。
7.よくある質問(FAQ形式)

チップに関する税務処理は、従業員・事業者のいずれにとっても分かりづらい点が多く、実務現場ではさまざまな疑問が生じます。
このセクションでは、実際によく寄せられる質問をFAQ形式でご紹介します。
Q1.現金でもらったチップもすべて報告しなければなりませんか?
はい。
現金・クレジットカード問わず、すべてのチップは課税対象となり、報告義務があります。
1ヶ月あたり$20を超える場合は、雇用主への報告が法的に義務づけられています。
Q2.ギフトカードや商品券をチップとしてもらった場合は?
ギフトカード等の金銭と同等に使用できるものも、原則としてチップと同様に課税対象となります。
金額が明確な場合には、現金チップと同様に報告すべきです。
Q3.自動的に加算されるサービス料はチップに含まれますか?
いいえ。
たとえば「6名以上のグループには18%のサービス料を加算」といったケースは、チップではなく事業者の売上とされ、従業員に支払う場合は通常の給与として取り扱う必要があります。
Q4.チップ収入だけで生活している場合でも、申告は必要ですか?
はい。
チップは立派な所得ですので、一定の収入があれば確定申告義務が生じます。
また、報告されたチップに対する社会保障税(Social Security Tax)・メディケア税の納付も必要です。
Q5.Tip Creditの適用を受けている場合、雇用主はチップの額を保証するのですか?
ある意味では、チップ込みで最低賃金に達しなかった場合、雇用主は差額を支払う義務があります。
したがって、従業員からのチップ報告が正確であることが制度の前提です。
Q6.従業員からチップの報告がない場合、雇用主はどうすべきですか?
報告がなければFICA税も源泉できないため、雇用主としては文書による報告ルールの周知と記録保管を徹底することが求められます。
また、業種・売上等から「適正水準」を逸脱していないかを管理する必要があります。
Q7.チップを報告したことでデメリットになることはありませんか?
税負担は発生しますが、将来の社会保障・失業給付・住宅ローン審査等での所得証明としてメリットが大きいです。
長期的には、報告する方が確実に有利です。
Q8.普通の給与とチップで税金の扱いに違いはありますか?
グロス(課税前の総額)が同じであれば、税金の金額は原則同じです。
所得税・社会保障税・メディケア税の対象である点も共通です。
ただし、以下のような違いがあります。
- 給与:雇用主がすべて源泉徴収・記録。納税漏れが発生しにくい。
- チップ:現金分は従業員が自己申告。報告漏れがあると確定申告時に追納が必要。
- 信用力:給与は証明しやすく、ローン審査等で有利。チップは未報告だと収入証明に使えない。
つまり、「同じ収入でもチップのほうが管理が難しく、損をしやすい」点には注意が必要です。
8.まとめ
チップはアメリカのサービス業において広く根付いた慣習であり、従業員にとっては重要な収入源のひとつです。
しかし、その取り扱いを誤ると、税務リスクや将来の不利益につながる可能性がある点を忘れてはなりません。
本コラムを通じてお伝えしたポイントを、あらためて以下に整理します。
- チップはすべて課税対象の所得であり、現金・カード問わず報告義務がある。
- 月額$20を超える場合は雇用主への報告が必要。
- 申告しなかったチップも、Form 4137で後から自己申告が求められる。
- 未申告はペナルティの対象になるだけでなく、社会保障給付にも悪影響。
- 従業員からの報告を正しく記録・処理し、FICA税を徴収。
- Form 8027の提出が必要な事業者もある。
- 自動加算のサービス料は給与扱いとして処理すべき。
- Tip Credit制度を利用する場合は、従業員への通知と記録が必須。
- POSなどを活用し、日々のチップ管理を可視化。
- 従業員への教育と文書化された報告ルールの整備。
- 税務リスク回避のため、必要に応じてIRSとのチップ合意制度の導入を検討。
- 税額自体は給与でもチップでも基本的に同じ
- しかし、管理の方法や報告状況によって、信用力・将来給付・納税負担の面で実質的な差が出る
- 「面倒だから」「バレないから」という判断は、結果的に損につながる可能性がある
チップの取り扱いは、小規模事業者にとっても従業員にとっても、小さなミスが後々大きな問題に発展しやすい分野です。
だからこそ、日々の積み重ねと正確な理解が非常に重要です。
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監修者
小林 賢介
早稲田大学政治経済学部を卒業後、 有限責任監査法人トーマツのグローバルサービスグループ部門に入所。 2015年8月よりDeloitte NYに駐在。 その後、ニューヨークにて UNIVIS AMERICA LLC(Univis US)を立ち上げ、同所長に就任。