W-9フォームとは?米国での支払実務に欠かせない基本知識
1.はじめに
米国でビジネスを行う際、支払いや税務処理の場面で頻繁に登場するのが「W-9フォーム」です。
これは米国の税務当局(IRS)が定める公式な書類であり、業務委託先や取引先などに報酬や謝礼金などの支払いを行う際に、その相手の「納税者番号(TIN:Taxpayer Identification Number)」を取得するために使用されます。
特に、米国法人や米国在住のフリーランス、コンサルタントなどと取引を行う企業にとっては、支払実務上必須のフォームと言えるでしょう。
一方で、同じような場面でよく耳にする「W-8シリーズ(W-8BENやW-8BEN-Eなど)」は、非居住者や外国法人との取引に用いられるもので、W-9とは用途も対象者も異なります。
このように、適切なフォームを理解し正しく使用することは、支払者としての税務リスクを避ける上でも非常に重要です。
本コラムでは、W-9フォームの基本的な役割や記載内容、実務での活用方法、そしてW-8シリーズとの違いをわかりやすく解説し、米国内での支払業務をスムーズに行うための知識を提供します。
2.W-9フォームとは何か?

(1)正式名称と目的
W-9フォームの正式名称は「Request for Taxpayer Identification Number and Certification(納税者番号および認証の請求)」であり、主に支払者が支払先から納税者番号(TIN)とその税務ステータスを取得するために使用されるIRS指定の書類です。
言い換えれば、「この相手は米国内の納税義務者である」ことを確認し、適切な税務処理(たとえば1099フォームの発行)を行うための前提情報を集める目的で使われます。
(2)提出対象者と提出タイミング
W-9フォームの提出を求められるのは、米国に居住する個人(米国市民または居住者)や、米国内に設立された法人・LLC・パートナーシップなどです。
たとえば、米国法人が米国内のフリーランスに業務を依頼し報酬を支払う場合、その支払先に対してW-9フォームの提出を求め、取得した情報をもとにForm 1099-NECを作成・提出します。
これはIRSに対して報酬支払実績を報告する重要な手続きです。
(3)実務上の利用場面
W-9フォームは企業との取引開始時やベンダー登録時、さらには銀行口座開設時など、実務上さまざまな場面で求められることがあります。
したがって、米国との取引に関わる事業者であれば、その役割と必要性を正しく理解しておくことが不可欠です。
3.よくある質問と注意点

W-9フォームは一見シンプルな書類ですが、記入時や提出・管理の過程でつまずきやすいポイントがいくつかあります。
以下では、実務でよくある質問と注意点を紹介します。
Q1.EINをまだ取得していないが、W-9を提出するにはどうすればよい?
EIN(Employer Identification Number)を使用する予定でも、まだ取得できていない場合は、W-9の提出を一時的に待ってもらうか、個人のSSNで代用する必要があります。
事業形態や契約条件によっては、支払者が支払を保留する場合もあるため、EINの取得はなるべく早めに進めましょう。
IRSのオンライン申請で即時に取得できるケースもあります。
Q2.LLCの場合、税務分類の欄はどれを選べばよい?
LLCの税務分類は、実態に応じて以下のように選択します。
- 単独メンバーのLLC(=Disregarded Entity)であれば、「Individual/sole proprietor or single-member LLC」
- 複数メンバーのLLCは、「Partnership」
- 法人課税を選択している場合は、「C Corporation」または「S Corporation」
また、「LLC」にチェックを入れるだけでは不十分で、該当する分類を追記する必要がある点も見落とされがちです。
Q3.W-9を取得していないまま支払ってしまったら?
原則として、W-9を取得せずに支払いを行うと、支払者側にBackup Withholding(24%の源泉徴収)を行う義務が生じます。
さらに、TIN未取得状態でForm 1099を発行すれば、IRSからB-Notice(修正通知)が届く可能性があります。
支払先との関係に配慮しつつ、できるだけ支払前のタイミングでW-9を取得することが重要です。
Q4.毎年W-9を更新する必要がある?
通常、W-9の年次更新義務はありません。
ただし、次のような場合は新しいフォームの提出が必要です。
- 法人名や氏名の変更
- TINの変更(たとえばSSN→EIN)
- 税務分類が変更された(例:個人事業主→法人化)
支払者としては、記録内容が古くなっていないかを年に一度チェックし、必要に応じて再提出を依頼するのが望ましい実務対応です。
4.W-9フォームに関連する税務処理

W-9フォームは、単なる情報収集ツールにとどまらず、支払者の税務実務において重要な役割を果たします。
ここでは、W-9がどのように税務処理に活用されるか、代表的なケースと合わせて解説します。
(1)Form 1099-NECの発行に必要な情報源
W-9フォームで収集した情報(氏名/法人名、住所、TIN、税務分類など)は、支払者が翌年1月に発行するForm 1099-NEC(報酬支払報告書)の作成に使用されます。
具体的には、フリーランスや請負業者、米国のLLCなどに対し、年間合計で$600以上の報酬を支払った場合、支払者は翌年1月31日までに1099-NECを作成し、受領者とIRSの両方に提出しなければなりません。
(2)Backup Withholdingの発生条件と影響
受領者がW-9を提出しない場合、支払者にはBackup Withholding(源泉徴収)の義務が発生します。
この場合、支払額の24%を源泉徴収し、IRSへ納付しなければなりません。
対象者にとっては手取りが減少するだけでなく、支払者にとっても事務負担が増えるため、W-9の確実な取得が極めて重要です。
(3)法人への支払いは原則1099不要だが例外も
W-9の提出者が「Corporation」または「S Corporation」として正しく記載されている場合、多くのケースでForm 1099の発行義務は免除されます。
ただし、法律事務所への支払いや、医療サービス、機器レンタルなど、法人であっても1099発行が必要な例外もあるため注意が必要です。
支払対象の内容とIRSのルールを確認したうえで対応しましょう。
5.W-9とW-8シリーズとの違い

先から税務情報を取得する際、W-9フォームとあわせてしばしば比較対象となるのがW-8シリーズ(W-8BEN、W-8BEN-E、W-8ECIなど)です。
これらはいずれも支払者がIRSに対する報告義務を果たすための重要な書類ですが、対象となる相手や適用される税務ルールが大きく異なる点に注意が必要です。
誤ったフォームを取得・使用すると、源泉徴収漏れや誤った1099報告によるIRSからの指摘や罰則につながるリスクがあります。
(1)対象者の違い
| フォーム | 対象者 |
| W-9 | 米国居住者(個人)または米国法人・米国LLCなど |
| W-8BEN | 非居住者個人(例:日本に住むフリーランス) |
| W-8BEN-E | 外国法人(例:日本法人) |
| W-8ECI | 米国内の事業活動に実質的に関連する所得(ECI)を得ている外国法人・個人(たとえば米国支店など) |
W-9フォームは米国の納税義務者向けであり、支払いは米国内課税の前提で行われます。
これに対して、W-8シリーズは外国人・外国法人向けのフォームであり、日米租税条約の適用による税率軽減や、30%源泉徴収の対象可否の判定に使用されます。
(2)実務上の対応と判断ポイント
実務では、支払者が一律にW-9フォームを送付し、受領者側が「自分は非居住者に該当する」と判断してW-8シリーズに差し替えて返送してくるケースが多く見られます。
この流れ自体は珍しくありませんが、受領者が誤ってW-9を提出してしまった場合、支払者がForm 1099を誤って提出してしまうなどの税務上の誤りにつながることがあるため注意が必要です。
どちらのフォームを使用すべきかを判断する際には、以下のポイントを必ず確認しましょう。
- 支払先の税務上の居住地(米国or非居住者)
- 支払先の法人格や税務上の分類(個人・法人・LLCなど)
- 支払先が米国内に恒久的施設(PE)を持ち、米国内で事業活動を行っているかどうか
判断に迷う場合は、支払先に「W-8BEN-Eの提出が必要かどうか」などを確認し、その根拠(本社所在地や登記国など)を社内記録として残しておくことが、後日のトラブル防止につながります。
6.実務での活用ポイント

W-9フォームは、記入・保管そのものが法的な提出義務になるわけではありませんが、Form 1099の発行やBackup Withholdingの回避などの前提となる極めて重要な書類です。
ここでは、企業や会計・経理担当者が押さえておくべき、W-9に関する実務対応のポイントを紹介します。
(1)支払前に必ずW-9を取得する仕組みを作る
支払実行後にW-9を依頼しても、受領者が協力的でない場合や、TIN誤りがあった場合にBackup Withholdingが発生するおそれがあります。
そのため、ベンダー登録・契約締結・業務開始の前段階でW-9を回収するプロセスを社内に定着させることが重要です。
特にフリーランスや新規取引先との契約時には、W-9が未提出であれば社内システムで発注や支払処理が進まないよう設定する企業もあります。
(2)社内担当者による確認ルールを明確に
W-9は受領者が自己申告で記入するため、内容の確認責任は支払者にあります。
たとえば、「LLCの税務分類が未記入」「TINがSSNなのかEINなのか不明」など、不完全なフォームをそのまま受け入れてしまうと後々1099の記載ミスにつながります。
経理・会計部門などにチェックリストを用意し、最低限確認すべき項目(分類・署名・TIN形式など)を明示しておくとよいでしょう。
(3)外部委託先や海外本社との情報共有も重要
グローバル企業や日系企業の米国子会社の場合、支払実務を日本側で担当していたり、ベンダー情報が本社に集中していたりするケースもあります。
そのような場合には、W-9が必要である背景や取得のタイミング、電子的な共有手段について、関係者全体でルールを共有しておくと円滑です。
まとめ
W-9フォームは、単なる事務的な書類に見えて、実は支払者の税務コンプライアンスとリスク管理に直結する重要な書類です。
支払先が個人か法人か、米国の納税義務者かどうか、TINが正しいかなど、適切に情報を収集・管理することで、Form 1099の作成ミスや不要な源泉徴収、IRSからのペナルティ通知といったトラブルを防ぐことができます。
また、W-9の取得と確認は支払者の責任であることを忘れてはなりません。
「相手が提出しないから」といって放置すれば、その影響は支払者側に跳ね返ってきます。
実務の現場では、取引の初期段階での取得、電子的な保管、更新チェックのルール化などを通じて、ミスを未然に防ぐ体制を整えることが不可欠です。
最後に、W-9フォームの扱いに不安がある場合や、法人・LLCの税務分類の判断が難しいケース、W-8との判別があいまいな場合には、税務の専門家へ早めに相談することをおすすめします。
適切な初期対応が、将来のリスクを最小限に抑える鍵となります。
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監修者
小林 賢介
早稲田大学政治経済学部を卒業後、 有限責任監査法人トーマツのグローバルサービスグループ部門に入所。 2015年8月よりDeloitte NYに駐在。 その後、ニューヨークにて UNIVIS AMERICA LLC(Univis US)を立ち上げ、同所長に就任。