不動産投資家のためのOne Big Beautiful Bill Act(OBBBA)解説―日本人・日本法人が知っておくべき税制改正のポイント
1. はじめに:OBBBAとは何か
2025年7月、アメリカで大規模な税制改革法案「One Big Beautiful Bill Act(通称OBBBA)」が成立しました。この法案は、かつてのトランプ政権下で導入された2017年の税制改革(Tax Cuts and Jobs Act)の多くの要素を再強化・延長するものであり、米国内の個人・法人にとってはもちろん、海外から米国に投資を行う日本の個人や法人にとっても見逃せない内容が含まれています。
特に注目すべきは、不動産投資に関連する減価償却や利息控除の優遇措置が復活・拡充された点です。また、税務コンプライアンスの厳格化も進んでおり、今後は申告や情報提出に関する対応がより重要になります。
本コラムでは、OBBBA全体の網羅的な解説ではなく、日本人・日本法人による米国不動産投資に特に関係の深い改正点に絞って、その概要と実務上の影響、今後の対応方針についてわかりやすく解説します。
OBBBA全体の解説はこちらのコラムにて:One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)―個人所得税に対する影響
2. ボーナス減価償却の復活とその影響
OBBBAの中でも不動産投資家にとって大きな朗報となったのが、「ボーナス減価償却(Bonus Depreciation)」の100%即時償却の復活と恒久化です。本制度は、一定の資産について購入初年度にその取得費用を全額経費として認識できる仕組みであり、2017年のTCJAで導入された後、2023年以降は段階的に縮小されていました。
当初の議論では、2023年に遡って100%償却を再適用する案も含まれていましたが、最終的な法案ではこの遡及適用は見送られました。代わりに、2025年1月20日以降に取得・使用開始される資産について、100%ボーナス償却が恒久的に適用されることが明記されています。なお、2025年1月1日から1月19日までの間に取得された資産については40%の償却率となるため、タイミングには注意が必要です。
この制度の対象となるのは、建物本体を除いた「15年未満の耐用年数資産」、具体的には内装、家具、家電、HVAC(空調設備)などです。たとえば、賃貸物件のリノベーション費用や家具付きで短期貸しするAirbnb物件の設備投資などは、このボーナス減価償却の対象となり得ます。
2025年以降の設備投資にこの制度を活用することで、初年度の課税所得を大幅に圧縮でき、キャッシュフローの改善や早期回収戦略の立案が可能になります。また、日本法人などの法人投資家にとっては、連結決算や日本側での税効果会計にも影響を与える可能性があるため、税務戦略全体の見直しが求められます。
3. Section 163(j)改正:利息控除の拡大
もう一つの重要な改正は、Section 163(j) に基づく利息控除制限の緩和です。従来の規定では、利息費用の控除は「利息・税金控除前利益(EBIT)」の30%が上限とされており、特に減価償却費の大きい不動産投資にとっては、実際のキャッシュベースの利益以上に課税所得が発生するという問題がありました。
OBBBAの成立により、この計算ベースが再びEBITDA(利息・税金・減価償却・償却前利益)へと変更され、減価償却費を加味せずに控除上限を計算できるようになりました。これは、減価償却が大きく発生する不動産投資家にとって、実質的な節税効果をもたらす非常に重要な変更です。
具体的には、ローンを活用した米国不動産投資において、従来は超過した利息部分が繰越対象となっていたケースでも、より多くの利息が即時に経費として認められるようになります。これにより、年間の所得税負担を大きく軽減する可能性が高まります。
なお、この改正の恩恵を受けるには、投資スキームが「事業体(事業として不動産を保有・運営していること)」として扱われていることが前提となるため、個人所有・法人所有の区分や、REIT、LLCなどのストラクチャーによって適用可否に違いが出る点にも注意が必要です。
4. Remittance Excise Tax―国際送金に伴う課税
One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)の中には、従来はあまり注目されてこなかった新たな税制として、「Remittance Excise Tax(送金課税)」が盛り込まれました。この制度は、米国内から外国に対して送金を行う際に、特定の送金手段を利用した場合に課される1%の連邦税であり、2026年1月1日以降に適用が開始される予定です。
課税対象となるのは、現金、マネーオーダー、キャッシャーズチェック、プリペイドカードなどの“銀行口座を通さない送金手段”です。たとえば、個人投資家が還付金をプリペイドカードで受け取り、その後カードから日本へ送金した場合には、この送金課税が適用される可能性があります。
一方で、米国の銀行口座からACHやWire(国際電信送金)によって直接送金を行った場合や、法人間での送金については課税対象外となる見込みです。したがって、日本法人や日本人投資家が米国で得た収益や還付金を日本へ送金する場合には、あらかじめ米国銀行口座を用意しておき、電子送金手段を使うことが望ましいと言えます。
このRemittance Excise Taxは、課税率としては1%と比較的低率ではあるものの、送金額が大きい場合には無視できないコストになります。また、制度の運用開始が近づくにつれ、送金サービス提供者(銀行、マネーサービス業者)による徴収や報告義務の実務も強化されることが予想されます。
不動産投資における収益送金の場面でも、送金手段の選択次第で課税対象となるか否かが分かれるため、2025年中に自社の送金ルールや受取手段を点検しておくことが重要です。
5. 追加論点:今後は小切手での還付が原則廃止に
2025年3月に発行された大統領令(Executive Order)により、2025年9月30日以降、IRS(米国歳入庁)は個人の紙の払い戻し小切手を原則として廃止し、銀行口座への直接振込(Direct Deposit)、プリペイドカード、またはその他の電子的手段で還付を行う方針となりました。これは、税還付を含むすべての連邦政府支払いに適用されます 。法人に関しては、2026年に新方針が発表される予定ですが、個人同様小切手が原則廃止となる可能性もあります。
これにより、日本法人や日本居住の個人投資家が米国不動産投資に関連してIRSからの税還付を受ける場合、米国銀行口座が必要になるケースが急増すると見込まれます。とくに、源泉税の還付や法人税・所得税の精算還付を受け取る場面では、事前に送金手段の整備を行っておかないと、還付金の受領が遅延または困難になるリスクもあります。
・米国銀行口座を開設して、今後の還付を電子的に受け取れるように準備する。
・プリペイドカードやデジタルウォレットの利用可否を確認しておく。
・海外投資家向けの受け取りフローを見直し、手数料や対応時間などを事前に把握する。
・税理士・プロパティ管理会社と連携し、還付処理をシステム化しておく。
この変更は、紙ベースの処理が過去のものとなる大きな転換点です。OBBBA自体とは直接の関係はありませんが、不動産投資において生じる還付の受け取り設計に重大な影響があります。
6. Form 1099電子申告義務の強化とコンプライアンス
OBBBAの影響は減価償却や利息控除といった節税面にとどまらず、税務コンプライアンスの強化という形でも現れています。なかでも、不動産投資に関係する重要な変更のひとつが、Form 1099の電子申告義務の対象拡大です。
従来は、提出枚数が250件を超える場合にのみ電子申告が義務付けられていましたが、OBBBAではその基準が大幅に引き下げられ、合計10件以上の情報提出書類(1099、W-2など)を提出する場合には、すべて電子で提出することが義務化されました。
これは、たとえば日本法人が米国内で複数のプロパティマネージャーや請負業者へ支払を行っており、それらが1099報告対象である場合、その報告義務の管理・提出が格段に複雑化することを意味します。また、代理で管理しているプロパティマネージャーや不動産エージェントが正しく1099を発行・提出していない場合でも、最終的な税務責任が投資家側に及ぶ可能性があります。
日本人個人投資家が米国内の法人(LLCやC-corpなど)を通じて投資を行っている場合でも、該当する支払が発生すれば1099対応が求められる可能性があるため、管理体制と申告フローの確認・整備が重要になります。
この改正は節税効果を直接もたらすものではありませんが、正確な報告と期限内提出を怠ると、罰金や源泉徴収義務違反として大きなリスクを負うことになるため、実務上は非常に影響が大きい項目です。
7. 補足:不動産投資家にとって影響の少ない項目
OBBBAは広範な税制改正を含んでおり、たとえば子供税額控除(Child Tax Credit)の増額や、SALT控除(州・地方税の所得控除)上限の一時的緩和、QBI(Qualified Business Income)控除の恒久化などもその一部です。しかしながら、これらは主に米国居住の個人や中小企業のオーナー事業者を対象とした内容であり、日本から米国に不動産投資を行っている日本法人や日本人投資家にとっては直接的な影響が少ないと考えられます。
また、キャピタルゲイン税率や法人税率など、投資収益に直結する税率の変更は今回の法案には含まれていません。したがって、物件売却時の戦略や法人形態選択については、従来の税制を前提にした検討が引き続き有効です。
8. 戦略的にどう活かすか?
OBBBAによる税制改正は、日本から米国に不動産投資を行う投資家にとって、節税とキャッシュフロー改善の好機を提供する内容が多く含まれています。これらの改正を受けて、以下のような戦略的対応が検討されるべきです。
◆ 減価償却と設備投資の見直し
内装や設備など、ボーナス減価償却の対象となる投資を積極的に組み込むことで、初年度に大きな損金処理を行い、所得税負担を軽減できます。
◆ ローン戦略の再設計
EBITDA基準に戻ったことで、より高額のローンでも利息控除が可能になります。借入比率や返済スケジュールを再設計することが節税と資金効率の両立につながります。
◆ 投資ストラクチャーの点検
LLCを通じた投資、C法人設立、日本親会社からの融資・出資構造など、ストラクチャー次第で税効果は大きく変わります。Section 163(j)や減価償却の恩恵を最大化できる形を再検討する価値があります。
◆ 税務コンプライアンス体制の強化
1099提出義務をはじめとする電子申告への対応やW-8/W-9管理の整備は、米国税務リスクを回避するうえで不可欠です。税理士や管理会社との連携強化が必要です。
このように、OBBBAは単なる「減税法案」ではなく、戦略的な意思決定を促す重要な転機でもあります。これを機に、米国不動産投資の全体戦略を再構築することで、中長期的なリターンを最大化できる可能性があります。
9. まとめ
2025年に成立したOne Big Beautiful Bill Act(OBBBA)は、米国の税制を大きく方向づける法改正として、日本人・日本法人による米国不動産投資にも多方面で影響を与える内容が盛り込まれています。特に、ボーナス減価償却の復活やSection 163(j)の利息控除制限の緩和は、キャッシュフローの改善や税務戦略の再構築に直結する重要な改正といえるでしょう。
また、これらの節税機会に加えて、Remittance Excise Tax(国際送金課税)の導入や、IRSによる小切手での税還付の廃止といった実務面での制度変更も見逃せません。これらの変更は、不動産投資によって得られる収益や還付金の「受け取り方」や「送金方法」にまで影響を及ぼすものであり、適切な送金手段の選定や米国銀行口座の確保、コンプライアンス体制の整備など、事前の準備と見直しが必要不可欠となります。
さらに、Form 1099の電子申告義務の強化に見られるように、今後は税務情報の提出ミスや遅延が罰則リスクに直結する時代になることが予想されます。従来は曖昧に処理されてきた部分についても、より厳密な管理が求められるようになるでしょう。
したがって、OBBBAの活用においては、単に制度の内容を理解するだけでなく、自身の投資スキームに即した最適な対応戦略を立てることが極めて重要です。節税効果を最大化しつつ、制度改正への対応を怠らないことが、今後の米国不動産投資の成果を左右する鍵となるはずです。
本コラムが、読者の皆さまが制度の背景と趣旨を理解し、2025年以降の申告戦略を考えるうえでの一助となれば幸いです。ご自身の状況に即したアドバイスが必要な場合は、ぜひ税務専門家 Univis Americaへの相談をご検討ください。
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監修者
小林 賢介
早稲田大学政治経済学部を卒業後、 有限責任監査法人トーマツのグローバルサービスグループ部門に入所。 2015年8月よりDeloitte NYに駐在。 その後、ニューヨークにて UNIVIS AMERICA LLC(Univis US)を立ち上げ、同所長に就任。