Individual Tax

One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)―個人所得税に対する影響

1. はじめに:One Big Beautiful Bill Actとは

20257月、アメリカ議会は税制改革法案「One Big Beautiful Bill Act(通称OBBBA)」を可決し、同年74日には大統領の署名により正式に法律として成立しました。この法案は、2017年の税制改革(通称TCJA)によって導入された個人所得税制度を土台に、いくつかの重要な点を恒久化・拡充する形で設計されています。とりわけ、低〜中所得層向けの控除やクレジットの拡充、高所得者層にとって有利な州税控除の上限引き上げなど、個人の納税者にとって直接的な影響をもたらす変更が多数含まれているのが特徴です。 

本コラムでは、202511日以降の所得に適用されるこれらの制度改正について、確定情報に基づいて整理し、どのような立場の人にどんな影響があるのかを具体的に解説していきます。駐在員や起業家、投資家など、米国で申告義務を持つ日本人にとっても無視できない改正であるため、早めの理解と対策が求められます。 

2. 個人所得税に関する主要改正

One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)は、2017年に導入された大規模減税制度(通称TCJA)の内容を引き継ぎつつ、一部の項目を恒久化し、新たな控除やクレジットを追加することで、個人所得税制度に大きな変化をもたらしました。中でも注目すべきなのは、所得税率構造の恒久化、州税控除の大幅な引き上げ、子育て・労働者向けのクレジット拡充、そして新たに導入されたチップ収入・残業代に対する所得控除です。 

これらの改正は、納税者の所得階層や収入の構成によって影響の出方が大きく異なります。高所得者にとっては控除上限の緩和が有利に働く一方、低〜中所得者には労働報酬や子育て支援策の拡充が実質的な減税につながります。以下では、それぞれの項目について、確定した制度変更点とその実務的な影響を整理していきます。 

2-1. 税率構造の恒久化とインフレ調整 

One Big Beautiful Bill Actでは、個人所得税の基本となる税率構造について、2017年の税制改革(TCJA)で導入された7段階の税率体系(10%、12%、22%、24%、32%、35%、37%)を恒久的に維持することが正式に決まりました。本来であれば、この税率体系は2025年末に失効し、旧来の制度(最高税率39.6%など)に戻る予定でしたが、今回の改正により2026年以降も引き続き現在の税率が適用されることとなります。この恒久化によって、多くの納税者にとって将来の税負担の見通しが立てやすくなったといえます。 

加えて、10%、12%、22%の各税率区分については、1年分の追加的なインフレ調整(inflation indexing)が導入されることとなり、それぞれの税率が適用される所得範囲(ブラケット)の上限が若干引き上げられます。これにより、主に中間層の納税者がより低い税率の適用を受けやすくなるという、実質的な減税効果も期待されています。一方で、24%以上の税率区分については、インフレ調整は限定的または適用されないため、高所得層にとっての恩恵は相対的に限定的です。 

このように、今回の税率関連の改正は「増税」ではなく、「現行制度の維持と一部優遇の拡充」であることが特徴であり、多くの納税者にとっては安定した税負担の継続を意味しています。 

2-2. SALT(State and Local Tax Deduction)控除の大幅拡大 

今回の税制改正の中でも、特に高所得者層や州税の高い地域に住む納税者に大きなインパクトを与えるのが、州税および地方税控除(SALT控除)の上限引き上げです。従来は、納税者が支払った州所得税や地方固定資産税などの合計について、年間最大10,000ドルまでしか連邦所得税から控除できないという厳しい制限が設けられていました。これは主に高税率州に居住する中〜高所得層にとって、実質的な「二重課税」として長らく批判されてきた制度です。 

OBBBAの成立により、この控除上限が2025年税年度から40,000ドルへと大幅に引き上げられることが正式に決まりました。さらに、この上限額は2026年以降、インフレに応じて年1%ずつ自動的に引き上げられる設計となっており、長期的にも恩恵が継続する見込みです。これにより、高所得者でも州税・固定資産税などを多く支払っている場合、その分を連邦税からより大きく控除できるようになります。 

ただし、この拡大された控除制度には所得制限によるフェーズアウト規定が設けられており、修正後調整総所得(MAGI)が50万ドル(夫婦合算)または25万ドル(単身)を超える納税者については、超過額の30%に相当する控除額が段階的に縮小されます。それでも、控除額が完全にゼロになることはなく、最低でも従来の10,000ドルまでは維持されます。 

この改正は、ニューヨーク、カリフォルニア、ニュージャージーなどの高州税地域に住む高所得層にとっては、実質的な減税策といえる内容です。適用を受けられるかどうか、どの程度まで控除可能かは所得や居住地に大きく左右されるため、事前に試算しておくことが重要です。 

2-3. チャイルドタックスクレジットとEITCの拡充 

One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)では、低〜中所得者層の家計支援を強化する目的で、子ども税額控除(Child Tax Credit: CTC)および勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit: EITC)の拡充が確定しました。これらの制度は、子育て世帯や低所得の就労者にとって大きな実質的減税効果をもたらすものであり、今後の申告にあたって注目すべきポイントです。 

チャイルドタックスクレジット(CTC)の変更点 

改正後、CTCは以下のように拡充されます: 

  • 最大控除額:$2,200(従来は$2,000) 
  • そのうち最大$1,700は還付可能(refundable) 

従来のCTCにも、最大$1,400までの還付(いわゆる「追加チャイルドタックスクレジット:ACTC」)が認められていましたが、還付額は労働所得に基づいて段階的に計算される仕組みであり、低〜中所得世帯でも満額の還付を受けるには一定のハードルがある設計でした。 

今回の改正では、還付可能額が$2,000に拡大されたことで、所得税を支払っていない家庭であっても、実質的に多くの還付を受けられる可能性が高まりました。また、控除そのものの最大額も増加しており、所得水準によっては非還付分を含めて税額控除としてより大きなメリットを受けられる設計となっています。 

なお、フェーズアウト開始所得(夫婦合算$400,000、単身$200,000)は従来どおり据え置かれているため、制度拡充の本質は「対象所得層の拡大」ではなく、還付性と控除額の強化による実質的な負担軽減にあります。 

勤労所得税額控除(EITC)の変更点 

One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)による改正では、Earned Income Tax Credit(EITC:勤労所得税額控除)の制度も一部強化されています。これは、低〜中所得の就労世帯を支援するための代表的な税額控除であり、特に子育て世帯にとっては重要な支援策のひとつです。 

今回の改正により、主に以下の3点が変更されました: 

項目  改正前(~2024年) 改正後(2025年~) 
所得上限
(3人以上・夫婦合算) 
$63,398  $64,430(インフレ調整) 
投資所得の上限  $11,000  $11,950 に引き上げ 
手続き要件  通常の確定申告で自動適用  precertification(事前認証)制度が
段階的に導入
 

これにより、所得や資産の構成によってはこれまで対象外だった世帯も控除を受けられる可能性が広がります。ただし、金額の変更は主にインフレ調整にとどまっており、制度そのものが大きく拡充されたというよりは「据え置き+微増」に近い性質の改正です。 

  •  新制度:precertification(事前認証)の導入 

今回の改正で特に重要なのが、EITCを申請する際に、扶養する子どもの適格性についてIRSの事前認証を受ける制度が新たに設けられた点です。これにより、納税者は以下のような第三者文書の提出が求められます: 

  • 出生証明書、パスポート、学校記録、医療記録など 
  • 扶養する子どもとの親子関係・居住実態・年齢を証明するもの 

この制度は、導入方向が法案で示され、段階導入を想定されています。ただし詳細な開始年や全面適用時期は今後の規則整備・IRSガイダンス待ちです。 

実務上は、申告前にこれらの書類をそろえて提出・認証を得る必要があり、対応が遅れると還付金の支給が最大1015日まで保留される可能性もあります。とくに共親権のある家庭や、国際的に移動が多い家庭では、認証要件のハードルが高くなることが予想されます 

今回のEITC改正は、金額面では比較的小規模な一方で、手続きの厳格化による実務負担の増加が目立つ内容となっています。従来どおりの感覚で申告準備を進めてしまうと、書類不備や還付遅延といった問題が生じるリスクがあるため、対象者は早めの情報収集と事前準備が重要です。 

2-4. チップ控除・残業代控除の新設 

One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)では、労働者への税負担の軽減と報酬体系の透明化を目的として、新たに「チップ控除(No Tax on Tips)」および「残業代控除(No Tax on Overtime)」という2つの所得控除制度が創設されました。これらはいずれも、2025年から2028年の間に限って適用される時限的な措置であり、対象となる労働者にとっては実質的な減税効果が期待されます。 

チップ控除(No Tax on Tips)

最大控除額:$25,000/年 

対象所得:顧客から受け取った自発的な現金・クレジットカードによるチップ(tip sharing を含む) 

報告条件:W-2、1099、またはForm 4137IRSに報告されていることが必須 

対象職種: IRSが「チップを習慣的・定常的に受け取る職種」として指定した業種 

除外条件:Section 199Aにおける指定サービス業(SSTB)の従業員および自営業者は対象外 

所得制限(フェーズアウト):修正後調整総所得(MAGI)が$150,000(単身)/$300,000(夫婦合算)を超えると控除が段階的に縮小 

最大控除額:$12,500(単身)/$25,000(夫婦合算)/年 

対象所得:Fair Labor Standards Act(FLSA)に基づく時間外割増賃金のうち、割増部分(例:時給の1.5倍のうち“0.5”相当部分) 

報告条件:W-2、1099などでIRSに報告されていること 

所得制限(フェーズアウト):上記チップ控除と同様 

 

🧾情報報告義務(Information Reporting Requirement) 

本制度の大きな特徴のひとつは、控除対象の所得をIRSが第三者的に確認できるようにするための「報告義務」が雇用主・支払者に課される点です。 

  • 雇用主および支払者は、対象者の職種と該当するチップまたは残業代の金額を記載した情報を、IRSまたは社会保障庁(SSA)へ報告し、従業員にも同内容を通知する必要があります。 
  • この報告義務は2025年税年度から適用されますが、初年度についてはIRS“transition relief(経過措置)を設ける予定です。 
  • なお、控除を受ける納税者は、自らの申告書に社会保障番号(SSN)を記載し、かつ夫婦合算で申告することが要件とされています。 

⚠️実務上の留意点 

  • 控除は「所得控除(deduction)」であり、連邦所得税に対する課税所得を減額するものです(社会保障税や州税には影響なし)。 
  • 控除を正しく適用するには、雇用主による正確な報告と、納税者側での該当額の把握が必要です。 
  • 特にレストラン・宿泊・美容業界などでは、チップが正式に記録されていないケースもあるため、雇用主側の給与体系の整備が重要になります。 

今回導入された2つの新控除は、労働時間と報酬構成において課税所得が過剰に拡大することを防ぐ「是正的な機能」を果たす一方で、制度の実務的運用には一定の準備と調整期間が必要とされます。IRSによる報告義務の具体的なフォーマットや技術的な運用ルールの整備も、今後の注目点となるでしょう。 

2-5. 制度変更が実生活に与える影響 

One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)による個人税制の見直しは、単なる税率変更や控除の増減にとどまらず、納税者一人ひとりの生活実態や雇用形態、居住地域によって恩恵の大きさや方向性が異なる点に注意が必要です。ここでは、典型的な納税者像ごとに、制度変更がもたらすインパクトを考察します。 

共働き中所得世帯(夫婦合算所得:$250,000) 

  • 影響点:標準控除の拡大、CTCの最大額引き上げ、SALT控除の上限緩和 
  • 期待される結果:課税所得の圧縮による税負担の実質軽減。とくに子どもがいる場合は、CTCの還付部分が使いやすくなったことで年間数千ドル規模のキャッシュフロー改善が見込まれます。 

サービス業従事者(飲食業・美容業等、W-2年収:$45,000) 

  • 影響点:チップ控除の導入、EITCの拡充 
  • 期待される結果:W-2に含まれるチップに対する控除により、課税所得が最大$25,000減少。これにより連邦税の納付額が大きく下がるか、場合によっては還付に転じるケースもあります。また、所得制限内であればEITCの金額アップと合わせて可処分所得の向上が見込まれるでしょう。 

高所得者層(MAGI:$400,000超) 

  • 影響点:CTC・チップ控除・残業代控除のフェーズアウト、SALT控除上限引き上げ 
  • 期待される結果:各種控除は段階的に減額または適用対象外となる一方で、SALT控除の拡大により税率の高い州に居住する世帯にとっては節税効果が大きくなる可能性があります。たとえばカリフォルニアやニューヨークなどの高州税地域では、実効税率の低下が見込まれる一方、中〜低州税地域では影響が薄いケースも。 

納税者全体に共通する留意点 

  • 手続きの複雑化:EITCpre-certificationやチップ・残業代の情報報告制度導入により、納税者側も控除額の算定根拠や証明書類を用意する必要が生じています。 
  • 還付遅延のリスク:制度移行期におけるIRSの処理負担増や確認プロセスの強化により、申告から還付までの期間が長期化する可能性もあります。 
  • 雇用主の役割拡大:情報提供義務の強化により、雇用主が給与構成や報告制度への対応を怠ると、従業員が控除を受けられなくなるリスクもあるため、社内の給与管理体制の整備が今後求められます。 

今回の制度改正は、「減税」という表面的なメリットにとどまらず、報告の透明性や納税手続きの信頼性強化に重点が置かれている点が特徴です。その意味で、税制と生活の結びつきを再認識する契機ともいえるでしょう。 

3. おわりに:制度変更にどう向き合うべきか

One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)に盛り込まれた個人税制の改革は、「誰にとってどこまで恩恵があるのか」「どのような新しい義務が生じるのか」を見極めなければ、本当の影響を見誤る可能性があります。今回の法改正では、表面的には「減税」と見える項目であっても、控除適用の条件が細かく設計されており、所得水準・家族構成・居住州・雇用形態によってその恩恵には大きな差が生じるようになっています。 

また、チップ控除や残業代控除、EITCの事前認証制度などは、いずれも情報の正確な報告と第三者による確認が求められる方向に制度がシフトしていることを示しており、今後は「申告の透明性」や「証拠書類の整備」も税務対応において不可欠になるでしょう。 

個人としては、還付額を最大化するための戦略的な年末調整や、雇用主・税理士との連携が今まで以上に重要になります。特に2025年以降の数年間は、新制度の運用が軌道に乗るまで、経過措置やIRSからの追加ガイダンスも頻繁に発生する可能性が高く、制度を正しく理解し続ける姿勢が求められます 

本コラムが、読者の皆さまが制度の背景と趣旨を理解し、2025年以降の申告戦略を考えるうえでの一助となれば幸いです。ご自身の状況に即したアドバイスが必要な場合は、ぜひ税務専門家 Univis Americaへの相談をご検討ください。 

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監修者

小林 賢介

早稲田大学政治経済学部を卒業後、 有限責任監査法人トーマツのグローバルサービスグループ部門に入所。 2015年8月よりDeloitte NYに駐在。 その後、ニューヨークにて UNIVIS AMERICA LLC(Univis US)を立ち上げ、同所長に就任。